| 人生の転換点となった漢方との出会い |
小島先生の御尊父が分家、独立して調剤を中心に始められたのが現在の店舗。生まれたときから薬に囲まれた環境に「有形無形のうちに洗脳され」自然に薬剤師の道を選択されたという。東京薬科大学に入学されるが、この時点ではまだ漢方にまったく興味かなかった。平成2年に卒業され、東京で製薬メーカーに入社、MRを担当される。2年半が過ぎた頃、御尊父の経営されていた店舗近くに沼津市でも有数の診療所が分業し、処方箋が一挙に増えたために人手が足りなくなり、急遽メーカーを退社、帰郷されることになった。西洋医学の治療に疑問を感じていたころ、縁あって某メーカーが主催する中医学研修塾を知り、大きな期待はなかったがとにかく勉強してみようと思い、中医学を学び始める。そして中医学の、西洋医学とは異なった角度からのアプローチに新鮮な印象を抱く。「奥が深く、しかも理路整然としている」。これは価値が高そうだと、学ぶごとに興味が増し、正統派の中医学の方向性がつけられ、1年経って卒業する頃にはそれは、ライフワークとしてしっかりと刻み込まれていた。
沼津に戻って店頭に立ちながら、医学、薬学の分野で漢方が安易に扱われている現状に疑問を感じていたときに、北京中医薬大学日本分校の存在を知る。 |
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